情報のホーミングぼた餅

インターネットが流行り始めた頃の情弱と、今の情弱ってタイプが異なる様な。
前者は知識不足で右往左往している、後者はシステムに依存してて自主性がないみたいな。
前者は教えれば何とかなるけれど、後者はそもそも面倒な事したくないので、教えるだけ骨折り損であるケースが前者より確率としては高い。
そんな印象を受けるんですよ。

Tiktokやインスタのリール、YouTubeのショートは、スワイプするだけで一方的に脳味噌に情報の流動食を流し込んでくれるようなもんだし。
旧来の情弱とはまた異なったシン・情弱で、要はインターネット要介護と呼びたくなる様な。
ネット上は基本自主的に情報やサービスを探しにいかないといけない空間だけど、オールドメディアの様に一方的にホーミングぼた餅してくれるようなものだと勘違いしている。
これは年齢性別役職関係なくて、便利なツールやシステムに依存しまくった結果、自ら調べる気力どころか調べようとする意志すら喪失しているから、教えたところでどうにもならないし、第三者が見つけてきて強引に叩き込み動かす必要があるくらいの。

不満たらたらでもそういった要介護状態なので自らリサーチしたり他を試しに使ってみたりする事が出来ず、サ終まで主力ツールとして使い居座り続ける。
所詮こんなもんやろという折り合いを付ける事もできず、事実半分嘘半分と流す事も出来ず、これがないと死ぬくらいおんぶ抱っこ状態になる。
この手が動くのはサ終が告知されたり、仕様が大幅に変更して以前の面影が皆無になるくらいの大ナタが振るわれた時ぐらいで、しぶしぶ似た様な所に移り住むか、そのままネットからフェードアウトする。
あと移住先で古巣を同じ仕様を求めたりもする。
郷に入っては郷に従えという諺は、この手の人らの辞書内には存在しない。

ひとつの依存先が消えたら運命共同体となる事が多いのは、元からネットに向いていないけれど周囲がやっているから置いてけぼりはイヤだから始めたキョロ充かもしれないけれど、そういったかつて情弱と呼ばれたものとは明らかに異なる、無気力で受身で学習力のない新種の情弱がSNSブーム末期の今になってきて可視化されたようにも思える。

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